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【競艇選手】長岡茂一選手について。大ケガを乗り越え走る東京支部のボートレーサー。師匠は山口雅司選手。実績などまとめ!

【競艇選手】長岡茂一選手について。大ケガを乗り越え走る東京支部のボートレーサー。師匠は山口雅司選手。実績などまとめ!
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競艇選手 長岡茂一選手は東京支部のボートレーサー

名前 長岡茂一(ながおか しげかず)
生年月日 1965年8月8日
身長 165cm
登録番号 3227
登録期 57期
所属 東京支部
級別 A2級
デビュー 1985年11月

長岡茂一選手について

長岡茂一選手は東京都出身のボートレーサー(競艇選手)。
愛称は「モイチ」。

師匠は山口雅司選手。

プロペラグループは「BPクラブ」に所属。
「BPクラブ」には弟子の村田修次選手や孫弟子である富樫麗加選手らがいる。

きっかけはお父さんがかなりの競艇ファンで、その影響でボートレーサーを目指す。
東京都立松が谷高等学校を卒業後、ボートレーサーの養成所に入所。

今村豊選手は長岡茂一選手の長所として、度胸のよさとレースの組み立ての上手さを挙げている。

G1優勝は11回
3度の大ケガを乗り越えて東都のエース格として活躍するも、2017後期にA2降級すると、2018前期はB1、その後はA2をキープしている。

長岡茂一選手をライバル視していた同じ東京支部熊谷直樹選手は、2007年に多摩川競艇場で行われた熊谷直樹選手のトークイベントで、先輩後輩関係なく毒舌ぶりを披露。
でも長岡茂一選手に対しては「怪我が多くて低迷しているけど、本来あいつは俺より強い」と発言している。

これまで3度の大ケガを負いながらもなお攻めるレースはかっこいいね!
ただスタートを攻めるので、スタート事故は毎年1、2回起こしている。

競艇 東京支部の長岡茂一選手(ながおかしげかず)選手について

養成所時代に大ケガ

常滑競艇場で研修中に転覆してプロペラが顔面に直撃、上顎と下顎を複雑骨折する重傷を負う。
顎や歯の再生のために3ヵ月半の入院生活を送ったため、同期よりも半年遅れで56期訓練生として本栖研修所に入所。
そして一期遅れの57期生としてリーグ戦勝率7.82(57期リーグ戦勝率1位)の成績で卒業!

選手登録は1985年9月24日。
1985年11月に多摩川競艇場でデビューし、わずか半年でB級に、さらに半年後にA級に昇級。

この一件は日高逸子選手のサンスポ連載でも書かれてたので抜粋。
(日高逸子選手は56期)

サンスポ連載「二十歳のころ」より引用
6カ月が過ぎたころには、同期で一番優秀だった長岡茂一君が、常滑ボートレース場での模擬レースで転覆。プロペラで顔をえぐられ、大けがを負う事故がありました。血の泡がブクブク出ていたのを見たときには、(もう無理、絶対に帰ろう)と思った。帰りのバスではみんなで感想を言い合うのですが、「私はもう辞めようと思う」といったのを覚えています。

 

それから怖い夢ばかり見るようになりましたが、訓練中にけがをする人はいっぱいいても、みんな黙々と頑張っている。だんだん、「けがをしても、仕方ない」と思うようになった。覚悟ができたのかもしれません。

ちなみに大けがをした長岡君は一期遅れでデビュー。SGレースを制し、トップレーサーとして今も活躍しています。

長岡茂一選手 同期

57期
3211 北川敏弘選手
3212 亀本勇樹選手
3220 二橋学選手
3231 吉田隆義選手
3232 山川美由紀選手
3233 小畑実選手
3234 金森史吉選手

など。

ちなみに怪我がなければ同期だった56期には

56期
3187 篠原俊夫選手
3188 日高逸子選手
3200 熊谷直樹選手
3202 三品隆浩選手
3207 田村美和選手

などがいる。

競艇 東京支部の長岡茂一選手(ながおかしげかず)選手はSG覇者

長岡茂一選手 略歴

1985年11月
多摩川競艇場でデビュー。

1986年9月
大村競艇場で開催された「新鋭リーグ 一般競争」で初優勝。

1991年
徳山競艇場での新鋭王座決定戦G1初優勝。

1998年
多摩川競艇場での第44回モーターボート記念SG初優勝。

1999年
住之江競艇場での賞金王シリーズで2度目のSG優勝。

2008年7月17日
平和島競艇場でのG1ダイヤモンドカップにて優勝(チルト3度、3号艇5コースからのまくり)。

2009年2月9日
戸田競艇場で開催されたG1関東地区選手権4Rで勝利、通算1,500勝を達成。

2015年10月16日
福岡競艇場で開催された「スポーツニッポン杯争奪戦」6Rにおいて、2コースからまくりを決め通算2000勝を達成(デビューから6,453走目での達成)。

2020年7月17日
尼崎競艇場でのG2モーターボート大賞4日目9Rでフライングを切り、F3に。

長岡茂一選手 F3に

ボートレース尼崎で開催されたG2モーターボート大賞
長岡茂一選手はF2の状態で出場。

そして4日目9Rでの集団フライングF3に…!

未消化のF2休み(90日)に加え、F3のペナルティ90日が加わって合計180日間のフライング休みに。
6ヵ月!次見れるの来年!

ただF2でもスタートを恐れない走りっぷりは凄いね。

 

 

競艇 東京支部の長岡茂一選手(ながおかしげかず)選手がF3になったレース結果 ボートレース尼崎
 

モーターボート大賞後にすぐフライング休みに入った長岡茂一選手。
これでもう今期は出走出来ず、事故点に出走回数も足りず来期はB級降級に…。

ちなみにこのレース、売上げ5,985万3,600円のうち85.5%にあたる5,117万3,600円が返還になっている。

長岡茂一選手の優勝歴

※G3以上のみ記載
※古いものは記録を遡れなかったのでこれが全部ではないです

SG

1998年8月30日 多摩川
第44回モーターボート記念競走
4号艇4コース・まくり差し

1999年12月23日 住之江
第14回賞金王決定戦 シリーズ戦
4号艇4コース・まくり

 

G1

1991年1月17日 徳山
第5回 新鋭王座決定戦

1992年1月29日 浜名湖
第6回 新鋭王座決定戦

1992年12月23日 住之江
第7回 賞金王決定戦 シリーズ戦

※シリーズ戦は1997年からSGに格上げ

1998年11月19日 住之江
第26回 高松宮記念特別競走
2号艇5コース・まくり

1999年4月20日 平和島
第45回 トーキョー・ベイ・カップ
1号艇1コース・逃げ

2001年1月18日 尼崎
開設48周年記念 近松
2号艇1コース・逃げ

2005年1月23日 唐津
開設51周年記念 全日本王者決定戦
6号艇3コース・まくり

2008年7月17日 平和島
ダイヤモンドカップ
3号艇5コース・まくり

 

G2

 

G3

2004年12月5日 徳山
スポーツ報知杯争奪戦
1号艇1コース・逃げ

2010年11月25日 戸田
第10回テレ玉
1号艇1コース・逃げ

競艇 東京支部の長岡茂一選手(ながおかしげかず)選手について 3度の大ケガ